龍は神獣や霊獣とされ、実在はしませんが、仏教美術の中でその姿をしばしばお見かけします。お寺の中での遭遇率は意外と高いかもしれません!
皆さんは龍の姿ってどんなものをイメージするでしょうか。
例えば、空の上で蛇のように長い体をくねらせて、雲の間から鋭くぎょろっとした眼でこちらを睨む勇ましい姿・・・・もしくはタツノオトシゴのようにカワイイ姿だったり・・・
ちなみに、観音ミュージアムにはこんな龍がいらっしゃいます。
さて、この龍、何だかわかりますか?
よく見ると頭が二つあってアーチ状になっています。アーチの上には火焔を背負った宝珠。口をみてみると、アヒルの様なくちばちをしていますね。その大きく開けた口で何かをくわえているようです。頭を見てみると、突起のようなものがいくつもありますが、じつは、これはたてがみの毛束。クルクルと巻髪になっていて、先っぽがピンと立っています。
この龍、一体どこにいるのかといいますと・・・なんと梵鐘の一番上に取り付けられている龍頭なのです。龍頭は鐘の懸垂部で、かつては723キロもある鐘を吊っていました。なんとも力強い龍ですよね。
この梵鐘は、鎌倉時代の文永元年(1264)に物部季重〔もののべすえしげ〕という鋳物師によって作られました。アヒルのようなくちばしや、たてがみを巻髪にするのは物部氏の特徴をよく表しています。しかも梵鐘には銘文が刻まれていて、お寺のなかで「長谷寺」という名前がはっきりとわかる最古の史料でもあるのです。
さてさて、次はこちらの龍。
どこに龍がいるのか分かりますか?
右下を拡大してみると・・・
少し見え難いですが、龍の図像が蹴彫されています。じつは、これ、重要文化財の懸仏に刻まれている図像なのです。長谷寺には重要文化財に指定されている大型懸仏が6面ありますが、図像があるのはこちらの懸仏だけです。
渦巻く水の中に龍が見えますね。その手をみてみると、爪の間に宝珠を捧げています。
つづいて、龍の左側を拡大してみると・・・
なにやら人が見えます。
3つの火焔宝珠が載る器を両手で掲げ、中国の官人風の冠と服をまとった男性の姿。
この男性、龍王とみられます。龍に、龍王に、なんとも龍づくし。
ちなみに、奈良長谷寺には、本尊十一面観音像の脇侍として八大龍王のひとりである難陀龍王がいますが、頭上に龍を載せる姿をしていて、両手には獣の形をした岩を載せた盤を捧げ持っているので、先ほどの龍王とは少し図像が異なります。
こちらが難陀龍王。
官人風の龍王といえば、善女龍王もいらっしゃいます。善女龍王は、平安時代に空海が神泉苑で行った請雨経法で出現したという伝説で有名な雨水の王です。その図像は一般的に、雲上に立って、左手で三つの火焔宝珠が載る盤を持ち、右手はそれを覆うように印を結び、そして雲の間からわずかに龍のしっぽを覗かせている姿で描かれます。
ここで、懸仏に刻まれた龍王に話を戻しますと、両手で器を持つ姿は難陀龍王の姿に近く、三つの宝珠を戴くのは善女龍王に近いといえます。右に描かれた龍は、龍王と一体とみてよいでしょう。いずれにしても、“龍”や“龍王”は水の信仰に関係があるものなので、もしかしたら人々の雨を願う切実な想いを込めて奉納されたのかもしれません。
では、最後に紹介するのはこちら。
えっこれが龍?と思った方、多いでしょう。じつは、こちらのお像、『法華経』に説かれる観音菩薩が変化した三十三の姿「三十三応現身」のひとり、龍身とされています。長谷寺の応現身像は室町時代に造立され、三十三体が全て揃っている全国でも貴重なものです。応現身、あまりピンとこないかも知れませんが、観音菩薩の分身像、英語で言うとアバター、英語の方が分かりやすいですね。
さて、このお像、一体どこが龍なのかといいますと・・・
実際、決め手はありません。というのも、お像自体に銘文もなく、史料もないので名称が定かではないのです。私的には、くるくるとした巻髪が龍に近いのではないかと思いますが、皆さんはどう思いますか?
ぜひ間近で観音ミュージアムの“龍”を見てみてください!